旅日記 8/20(月)

午前

前日の疲れか気が付くと日が昇っていた。7:00頃、朝食に。今日はバイキングである。大きなホテルは概ね朝食はバイキングのようだ。部屋でTVを見ていると、BBCが昨日の沖縄の飛行機事故を伝えていた。中華航空が燃えたが人的損害は無いと言うことらしい。

イスマイール・サーマーニ廟 店などが9:00からでないと開かないので9:00にロビーに集合して、ブハラ観光へ出発。同じ時間帯に団体さん達も出て行った。最初はサーマーニ公園。入ると小さな遊園地があり、素朴な観覧車が目を引いた。日本の観覧車は人が乗るところが箱になっていて落ちる心配はないけど、ここのものはむき出しで手すりがある程度。なんか乗ったら怖そう。奥に歩いていくと、旧ブハラの城壁が遠くに見える。すぐにイスマイール・サーマーニ廟の前に出た。10世紀頃に建てられたブハラ最古の建物だそう。13世紀のモンゴル襲来の時には既に砂の中に埋もれており、破壊から免れたらしい。願い事を考えながら3周まわると叶うと言うことで、中を見学した後周りを回った。後から来た日本人の団体さんが先回り始めたので、一周遅れで一緒にまわることになった。

サーマーニ廟を離れて公園を歩いていくと、おみやげ物屋や細かい細工物をしている子供達がいた。

チャシュマ・アイユブ その先にはチャシュマ・アイユブ、預言者呼ヨブの泉。正面から見ると左の写真のようだけど、横から見ると建て増しの様子がよく分かる。水が無くて困っているときにヨブがここで杖をついて、そこから水が出たという話である。 右の写真のように、今でも水は出ている。昔は病気に効くということで民間療法に使われたりしたらしい。出口の所には火を焚いた跡があるが、拝火教の影響だったかな?

チャシュマ・アイユブの正面には誰だったか昔の数学者を称える建物がある。こちらは現代建築とのこと。

先に進むと通りがあって両側は普通の町。炭酸水が出るという自動販売機、洗濯物を干している人とそこの猫、散髪屋さん、立ち話をしているおじさん達など、日常生活をかいま見ながら歩いた。

次に着いたのはバラハウズ・モスク。ここは今も活動しているモスクではあるが、中を見学できるそうだ(多少の献金が必要)。ヒヴァのモスクなどでも見た装飾を施された柱や天井が美しい。バラハウズ・モスクは別名40本の柱のモスクというそうだが、これは20本の柱と前の池(ハウズ)に映った柱とをあわせて40本の柱ということだそうだ。中も美しく装飾されており、床には一人分の礼拝のサイズに合わせた大きさの絨毯が敷き詰められていた。

バラハウズ・モスクから通りを渡るとアルク城がある。城の前は大きな広場になっている。正面から門をくぐって中にはいると、また撮影代が必要。ガイドさんは今朝1200cymと言っていたが、少し値上がりして一人1300cymになっていた。ガイドブックによると$1相当のcymということなので、ドルのレートが変わっているのかもしれない。

門の先にはお土産屋があったり、昔の囚人の人形の展示があったりする。先に抜けるとおみやげ物のおじいさんの人形の集団。さらに先にはモスクがある。ここのモスクも他と同様、飾り柱や天井装飾などが見事に施されていた。

その先の一角は少し違った建物だった。こういう扉は他では見かけなかったような気がする。

さらに行くと広場がある。正面は王様とお后の座る場所で、衣装を着て記念撮影できるようになっていて、韓国人の団体だったかの人が記念撮影していた。右の写真のように広場の入り口には少し壁がある。これは、王様に謁見した人が背中を見せずに後ずさりして退去するため、どこまで下がったら良いかわかるようにするためのものだそうだ。王様に背中を見せるのはとっても失礼な行為だったという。

今はこの広場でスザニや絨毯をずらっと展示販売している。チェス盤も売っていた。広場の出口の所でウズベキスタンのコインのセットを買わないかと聞かれる。コインは目にしていなかったので(あまり使われないらしい)、ガイドさんに聞いてみると、今使われている物と使われなくなった物が混ざっているという。安ければ買ってみても良いかと思ったが、$8と言われたのでパスした。


古い錠前

古楽器

その先には、いろいろな歴史展示があった。アレクサンダー大王の東方大遠征、中央アジア付近のシルクロードマップ、古い錠前(左の写真)、古楽器(右の写真)等々。

最後に屋上に上がると、そこはブハラの町を一望できるところになっていた。王様が馬が好きで、毎日ここに馬を上げて洗わせていたので、水が下に抜けるように屋上には勾配が付いている。馬を洗った水は囚人の上に流れ落ちるようになっていたのだとか。

今はおみやげ物屋が並んでいる。スザニやラクダの人形、焼き物などなど、いろんなものがあった。

アルク城の見学を終えるとお昼前になっていた。アルク城を出て広場を歩き、アルク城の壁が切れるとその先に午後から行くカラーン・ミナレットとモスクが見えてきた。遠くから眺めても圧巻である。ここで車に拾って貰ってお昼へ向かう。町中で羊を追っている人が居て驚いた。途中で「千夜一夜のような所に連れて行って上げる」と言われて、いったん車を降りる。

細い路地を抜けていくとチャル・ミナルがあった。ここの近くにはナン屋さんがあって、こちらも見学をさせてもらう。見学するならチップが要るよと言われて渡すと、焼きたてのナンを一つくれた。一つでも十分大きい(^^;。奥さんはナン屋さんの家族を撮影させて貰っていた。人物撮影は奥さんがメイン。ナンを少しかじりながら(とても美味)、再び路地を抜けて車へ戻り、昼食へ向かった。

昼食


シシカバブ

ラグマン
昼食はラビハウズにて。池の脇にレストランが並んでいる。我々は屋外で池がよく見える場所に陣取った。後から日本人団体がやってきて、屋内に入っていった。 いつものように、ナン、サラダではじまって、スープ。メインは他の皆さんはシシカバブで、自分は焼きうどん風のラグマンがあるというので、それにした。ラグマンに乗っている目玉焼きの君の色はやはり日本の物より薄い。鶏の種類だろうか?ラグマンの味はトマトソースの焼きうどんという感じだった。

池にはアヒルや亀がいて、ナンをちぎって投げてやると食べていた。池には岸から噴水が時々吹いていた。トイレを借りると200cym、小さな子供がお金を受け取るとトイレの鍵を開けてくれていた。トイレは清潔で申し分なし。

午後


フッジャ・ナスレッディンの像
食事を終えて次の場所に歩き始めると猫がいて、奥さんがしばらく追っかけていた。その脇にはフッジャ・ナスレッディンの像がある。この人はウズベキスタンの一休さんというような人で、いろいろとんちで物事を解決したらしい。


ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ
その近く(ラビハウズの近くでもある)には、ナディール・ディヴァンベギ・メドレセがある。ここには鳥の絵が描かれている、イスラームでは珍しい建物である(が、サマルカンドにもあるなあ)。中はおみやげ物屋などがある。ここでは夜に民族舞踊ショーがあり、後で晩ご飯を食べながら鑑賞することになっている。


ナディール・ディヴァンベキ・ハナカ
ラビハウズをはさんでナディール・ディヴァンベギ・メドレセの反対側にはナディール・ディヴァンベキ・ハナカがある。こちらも鳥の絵こそ無いが装飾は見事であった。

ハナカを出たところに楽器売りの子供がいて、色々物色させてもらった。弦楽器や太鼓、2枚舌の笛などなど。ヒヴァで民族舞踊を見てから何か楽器が欲しいねという話をしていたので、太鼓を買って帰ることにした。25cmくらいのもので$13にまけてもらった。

通りを少し歩いたところで本屋さんがあるので入ってみる。小さな本屋さんで半分はネットカフェらしい。日本のようにこれでもかという感じで本が置いてあるわけではなく、まばらな感じだが絵本や写真などがある。ウズベキスタンの料理の本もあるが現地語では厳しいか。ここでウズベキスタンの地図を$4で買った。

本屋を出て先を進むと「タキ」が見えてきた。タキは交差点を丸屋根で覆った場所で、昔はキャラバンが行き交い商店が並んでいたそうだ。今はおみやげ物屋が並んでいる。また、タキの入り口脇には両替商が居たそうだが、今はその場所が銀行になっていた。時代の流れに合わせて商売を替えたのかもしれない。

タキを抜けるとスザニが干してあった(売り物だろうか?売り子は見かけなかったが)。その奥はマコギ・アッタリ・モスク、これも砂に埋もれていた。作られてからだんだんと砂に埋もれていき、最初の出入り口が使えなくなったので右手に新しく出入り口が作られたそうである。モスクの中は絨毯博物館で、撮影料$1だったか?奥さんがスザニの小物入れ$10を買おうとして、値段交渉の結果撮影料込みで$10となった。

次のタキ(タキ・テルパクフルシャン)に行く。ここでも通りは土産物屋が多い。おじさん達が座り込んで何かやっていると思ったら、バックギャモン(タブラ?)であった。いわゆる国際ルールのバックギャモンと同じルールではないであろう(ダブリング・キューブは見あたらなかった)、その原型になったゲームだ。日本にも伝わってきて、「双六(さいころを二つ降る)」という名前だけは残っている。

タキを抜けたあたりのスザニ屋さんで色々見せて貰った。ラクダの模様のスザニが良かったが、後でも買えるかということで買わなかった。が、後悔。スザニの模様は行く先々で違っているのだが、この時は気が付いていなかった。その脇には刃物屋さんがあって、いろんな形をしたハサミなどが置かれていて、細工も行っていた。

タキを抜けて、喉が渇いたのでミネラル・ウォーターを買った。先日から気になっていた炭酸入りにした。普段は炭酸飲料は(ビールを除いて^^;)余り飲まないが、こういう暑さの場所では普通の水より良い。炭酸入りは赤いシール、ガス抜き(炭酸なし)は青いシールで蓋がしてあるので、区別が付くのだそうだ。

その先で子供達が遊んでいるので、奥さんが写真を撮らせて貰っていた。ここでもアンパンマンの絆創膏が大人気。一人は急いで家族の所に行って自慢していた。

ここで少し休憩できるところがあるというので入ってみると絨毯やスザニを扱っている店だった。布を買うと服に仕立ててくれたりするらしい。お茶を頂いて少し休んでいると絨毯売りの人が小さな絨毯を広げて話しているので、ガイドさんに幾らくらいか聞いて貰ったら、$500だという。うーん、さすがに絨毯は高い(といって同じ物を日本で買ったら幾らになるやら・・・)。お茶を飲みながら休んでいる間に、奥さんはガイドさんと一緒に布を見ていた。

次にウルグベク・メドレセに向かう。ウルグベクはティムールの孫で政治よりも学問や教育に力を入れた人で、サマルカンド(当時の首都)の他、ここブハラとギジュドゥバンにも神学校を建てたという。

メドレセの中はご多分に漏れずおみやげ物屋がある。ここは色々な服を置いていたので、奥さんが試着していた。ロングのワンピースが多く、緑の服、白い服などの中から白い服を選んで買った。夜の民族舞踊ショーに着ていく服が欲しかったそうだ。

ウルグベク・メドレセの向かいにはアブドゥールアシス・ハーン・メドレセがある。こちらは修復作業中であった。後のカラーン・モスクとミル・アラブ・メドレセ、サマルカンドのレギスタン広場の周りのように、向かい合ってモスクやメドレセを建てるのは一つの様式らしい。といっても同時に建てるのではなく、何世紀か後に先人に習おうとしてもう一方を建てたらしい。アブドゥールアシス・ハーン・メドレセの塔の上にはコウノトリの巣があった。今は使われていないらしいが。

この後、最後のタキ、タキ・ザルガランに行く。ここでは瓢箪のお土産があった。アクセサリーや服を見たりしたが、少々高いのでまた後で、と言って店を出た。ここにはトルコ石を使ったアクセサリーが色々あって面白かった。トルコ石の青は次の町サマルカンドの色でもある。

タキを出て、陶器を並べて売っている露店を見ながら歩いていくと、ブハラの中心といっても良いカラーン・ミナレット、カラーン・モスク、ミル・アラブ・メドレセのある広場に出た。中心ではあるが、他の日本人等の団体がいない時間帯に到着したので、良い雰囲気で見ることが出来た。いずれも見事な装飾が施されていて、石段に腰掛けてあたりを眺めていると、本当に異国なんだなあという感慨が。でも、我々の後ろでゲームボーイだかなんだかでゲームをしている子供がいたり、絵はがき売りの子供がいたりしたけど。

ミル・アラブ・メドレセは今も活動している神学校なので、中を見ることは出来ないとのこと。ただ、入り口までは行けるので、そちらからカラーン・モスクとミナレットを見たのが上の写真。ミナレットはシンボルであると同時に、キャラバンに街の位置を知らせる明かりを灯す場所であり、囚人を処刑する場所でもあったそうです。

カラーン・モスクは中を見学できる。撮影は1000cymだったかな、奥さんの分だけ支払ってこちらは撮らないことに。だが、中は素敵な中庭になっていた。庭から外のミナレットやメドレセが見える。建物部分の上には288の丸屋根があり、それを幾本もの柱で支えているが、その柱の織りなす幾何学模様がまたすばらしい。中に井戸があり、奥さんとガイドさんで汲み上げてみていた。カラーン・ミナレットは登ることも出来る(有料)が、疲れていたこともあって断った。

ブハラの観光はこれでおしまいで、車に乗るために先ほどの陶器売りの前を歩いていると、伸びている犬がいたりした。犬にも暑いらしい。

一旦ホテルに帰って2時間ほど休憩。少々疲れた・・・。

民族舞踊ショー&夕食

7:30頃からショーが始まると言うことで、7:00pmにロビーに集合してナディール・ディヴァンベギ・メドレセに向かう。メドレセに入ると演奏者たちが準備をしていた。太鼓を暖めていたのが驚いた。冷えるとうまくならないのだろうか、それとも音程が狂うのだろうか。

中庭の周りのお店のウインドショッピングをしている間にガイドさんが席を見つけてくれた。少し後ろよりで、一番前の良い席は空いている。と思っていたら、日本人の団体が入ってきて一番前の席に案内されていた。

民族楽団
民族楽団の演奏風景。中央はハンマー・ダルシマー。
待っていると若い女性が紙を配っていった。英語で、今日のショーで出てくる衣装は全てうちの店(メドレセ内にある)の作品、興味があったらコンタクトしてね、というような事が書いてる。どういう事かはショーが始まってから解った。ショーは、民族舞踊とその店の作品のファッションショーが交互に行われる形式になっていた。民族舞踊の女性達が出てくるときに、時折小さな女の子が袖口の所まで出てきて、舞台の女性(お母さんだろうか?)と同じ振りで一生懸命踊っているのがかわいらしかった。


まんとう

食事は何時ものような感じであったが、最後に「まんとう」が出てきた。半分は肉詰め、半分はカボチャのペーストのような物が入っていた。まんとうは後にも先にもここだけだった。

食事をしていると、昼間見かけた猫があらわれて、あちこちで食べ物をねだっていた。何故か横の席の日本人が猫を呼ぶのが上図で何度もそばに呼んでは食べ物をあげていた。

ショーが終わるとホテルに引き上げた。ホテルでは昨日の二人がまたバイオリンとピアノの演奏をしてる。良く聞くクラシックの曲なのだが何故か曲名が思い出せないのが多い。すぐ近くのソファーに陣取って二人でしばらく聞いていた。昨日はバイオリンとピアノを交替していたが、今日はおじさんがバイオリン、おばさんがピアノでずっと演奏していた。「Thank you」と書かれた箱があってチップを入れるらしいので、聞き終わった後少しcymを置いてから部屋に引き上げた。

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