旅日記 8/21(火)

日の出
ブハラの日の出。左の塔のようなものは中央競技場の照明塔。

昨日の朝は起きられなかったが、今朝は少し早めに目が覚めたのでブハラの夜明けをホテルのベランダから撮影。ただ2階(R階があるので部屋番号上は1階)なのであまり見晴らしは良くない。それでも部屋が東向きなので日の出はよく見える。待っていると少しずつ東の空が明るく、赤くなって来た。太陽はちょうど向かいのビルの向こうから登ってきて、少し興ざめだった。

ブハラからサマルカンドは270kmほどで半日ほどで到着する。早く出発しても仕方がない(昼ご飯が早くなりすぎる)ので、10:00am出発となった。そういうわけで朝食も少し遅め、7:30am頃に食べに行くと昨日ほど混雑していない。

そうそう、書き忘れていたのだが、こちらの人たちは普段はお茶を飲んでいて、コーヒーはあまり飲まないようだ。出てくるのはすべて朝食の時だけ、つまりホテルでしかお目に掛からない。

出発まで時間があるので部屋でのんびりしていると、9:30くらいに掃除の人が入ってこようとしたり、いつ頃出て行くのか聞かれたりしたので、9:45頃にロビーに出ることに。

ギジュドゥバンへ


乗り合いバス

タクシー
ホテルを出ると、一旦昨日立ち寄ったアルク城に行く。ガイドさんがここで今日立ち寄るスィトライ・マヒ・ホサ宮殿の入場券を受け取るのだそうだ。車で待っていると、色々な車が通るが、Daewooのマークを付けた車が多い。実は自分たちのツアーの車もDaewooである。後で調べたら韓国の「大宇」との合弁企業があって、そこの車が沢山あるらしい。でもどうみてもミラパルコみたいな車が沢山は知っているのだが・・・。古い車はソ連製っぽいのもたくさんある。また、番号を掲げた車も走っているが、これは乗り合いバスだとのこと。番号で路線が解るのだそうで、路線に沿って適当なところで乗り降り出来るらしい。

次の目的地に向かっていると、お葬式の列にであった。

少し走るとスィトライ・マヒ・ホサ宮殿に到着。ここは最後のブハラ・ハーンの夏の宮殿で、ロシア人と地元の職人の合作らしい。外見はロシア風だとのこと。庭ではクジャクが飼われているが、これもハーンの趣味だったらしい。中もロシア風とイスラム風が混じっていて、他では見ないような不思議な光景を作り出している。一昨日立ち寄ったヌルッラバイ宮殿と同じように、シャンデリアや暖炉があり、ロシアとの交流の時代であったことを感じさせる。

ここの特徴の一つはステンドグラスを使っていることだと思う。イスラム風の複雑な紋様とステンドグラスの作り出す光が一種独特の雰囲気を作り出していた。中では色々な調度類が展示されており、中国から来た壷やロシアから来た鏡など、様々な物を見学した。40人の自分が見えるという合わせ鏡を見ていたら、後から来た日本人団体(少人数)に「これ何?」と聞かれたりした。

外に出るとプールがある。ここはハーンが女性を泳がせて台の上から見物し、リンゴを投げてその日のお気に入りを決めていたという。ここでも、お茶を飲みながらバックギャモンをやっているおじさん達がいた。

町を抜けて郊外に出るところで、大きな門をくぐる。町の境界を表すらしい。ギジュドゥバンまでは一時間くらいだそうだ。

ギジュドゥバン

サマルカンドへの道を走り、あるところで左ターンして少し細い道にはいるとギジュドゥバンの陶器工房兼博物館。先着の観光客が居るとみえて、観光バスも停まっている。中に入ると職人さんの娘さん?が博物館を案内してくれた。色々な陶器が展示されており、中にはアフガニスタンから職人がやってきて、ギジュドゥバンの焼き方でアフガニスタンの焼き物を作ってみたというものもあった。また幾つかのスザニなども展示されており、こちらは女性の仕事として営まれているとのこと。

次にろくろを回している工房を職人さんが案内してくれた。ギジュドゥバンというかこの工房の焼き物の特徴は上下逆に窯の中に置いて焼くことで、陶器の端に独特の盛り上がりが出来るのだそうだ。その先には上薬に使う鉱物を引く石臼がある。直径1m以上ある大きな石臼で、ロバに引かせて碾くのだそうだ。ロバは大変なんだなあと思ったら、碾くのは月に一度だけなんだそうだ。

続いて陶器を販売している部屋に案内された。小さい物は$3くらいからある。緑色のお皿($3×2)と、底に米粒?が入っていて降るとカラカラと音がするお椀($6)を買った。お皿は深い緑色に葉の模様が描かれていて、一枚一枚絵が違っている。

ここでお昼を頂く。遅れてやってきた日本人の団体さんも後ろの席で話をしていた。ここには白黒の猫とか、ロバ(石臼を碾く)が居て、奥さんがロバにナンをやりに行ったりしていた。

サマルカンドへ

食事を終えると、サマルカンドへ出発。途中、鉄道と併走したりした。一昨日と違って砂漠の中は走らないが、道ばたをロバに乗った人が行き交ったり、牛がいたり、スイカ・メロンを売っていたりするのは同じような光景である。サマルカンドが近づいてくると、しばらく目にしていなかった山脈が右手に見えてきた。もう一つ、サマルカンドに近づくと変わってきたのが、屋根の形。ヒヴァからブハラの間は平たい屋根ばかりだったが、三角屋根が増えて来た。雨が降る地域ということだろう。

サマルカンドにかなり近づいたところで、「綿花を見てみませんか」ということで畑の脇に停車。すぐ脇から一面綿花畑で、華のシーズンが終わり綿が出来はじめ、収穫はもう少し先という時期だとか。でもすでに綿を付けているものも沢山あった。

一番良いところは手で摘んで、あとは機械で収穫しているらしい。後でNHKの新シルクロードのシリーズで見たところでは、全国から学生や女性達が義務として収穫に駆り出されて、国が買い上げているそうだ。ウズベキスタンの重要な産業らしい。

しばらく行くとだんだん周りが賑やかになって町が近いと思ったらサマルカンドの入り口だった。そこから20,30分でホテルに着いたが、途中に街並みをみると、ウルゲンチやブハラに比べてずいぶん都会だという印象を受けた。途中にはロシア正教の教会もあり、多種多様な人々が住み着いていることを伺わせる。

サマルカンド

ホテルはプレジデントホテル。旧市街と新市街の境あたりに建っていて、近くにはルハバット廟がある。部屋は215、また2階である。最初のタシュケント以外はすべて2階だった。目の前にはプールやらテニスコートやらがあり、かなり高級ホテルらしい。しばらくホテルで休んでから夕食に。今日はレストラン。1Fは割と賑やかで2Fに案内して貰った。2Fは他にお客が居なくて落ち着いて食事が出来た。ガイドさんはサマルカンドに来ると使っているアパートに泊まっているらしいが、そこの人の話で次週開催の東洋音楽祭の出演者達が、レギスタン広場でのリハーサルを終えた後、9:00pmごろからホテル近くの広場で毎晩演奏会を開いているという。聞きに行くか?と聞かれたので、もちろん行くことにした。

食事後しばらく時間があったので、ホテルでしばらく休む。ホテルの中には土産物屋もある。夜景なので三脚も持って出かけることにした。ロビーに出ると日本人団体がソファーを集めて宴会を始めようとしていた。ホテルのロビーにはおみやげ物屋さんもあり、チェス盤や

歩いていくと言われていたが、広場まで車で運んでくれた。広場ではまだ演奏が始まっている様子はないのだが、なにやら太鼓の音が聞こえる。近づいてみると近所のおばさん達が地元の踊りを踊っていて、あなた達も入りなさいと手招きする。見ていると高校生くらいのかわいらしい女の子が入ってきて、上手に踊っている。そのうち我々も引き込まれてしまった。こちらはせいぜい盆踊りくらいしかできないが(^^;。通りがかりの人も見物したり、混じったり。東洋人風の顔をしているが金髪の女子がいたりと、思わぬ所で東西の接点であることを実感させてくれた。

しばらくそうやって時間を過ごしていたが、なかなか本物の楽団、歌手は来ない。どうやら本番が近いのでリハーサルにも熱が入っているらしい。仕方がないので、引き上げることにした。ホテルまで歩きながらガイドさんと話をしていると、先ほど踊っていた人がアパートのご近所さんだという。ホテルの近くで、我々はライトアップしているというグリ・アミール廟を見に行くことにして、ガイドさんと別れた。

グリ・アミール廟までは歩いて5分くらい。遠くからでもライトアップされているのが解る。近づくと他にもフランス?からの観光客がいて少しざわついていた。すぐ近くにもホテルがあるので、そこに泊まっている人たちかもしれない。三脚を建てて、場所を選びながら長時間露出で撮影してみる。三日月が入るようにしたかったが、かなり沈み駆けていてライトと重なるので難しかった。もう少し早い時間だったらヒヴァの時のような三日月を入れた写真が撮れたかもしれない。ライトアップされたグリ・アミール廟は幻想的で美しかった。

しばらく撮影した後、ホテルに帰って休んだ。

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