旅日記 8/23(木)

もうウズベキスタン最後の日。午前中に首都タシュケントへ移動し、午後はタシュケント観光の予定。

朝ご飯の後、ホテルのショップにおみやげ物を見に行った。手持ちのドルが少々心許ないので、カードで買えるか?と聞いたら$300以上なら、との答え。9:00に両替所が開けばカードで現金が引き下ろせると店のお兄ちゃんが言うので、マトリョーシカのキーホルダー、お皿などの陶器、チェスボードなど$130ほど買った。兄ちゃんはたったこれだけか?というリアクション、どうやら話の流れから $300以上買ってくれると思ったらしい。それでも、おまけでヒヴァとサマルカンドを象った小さな焼き物をくれた。

9:00に両替所が開いたのだがカードが使えそうな場所はないので、あきらめて出発することに。ただ、車がパンクして少々遅れてくるらしい。その間に、奥さんはガイドさんに買った陶器がウズベキスタンのものか見て貰っていた。

サマルカンドを出てしばらくしてから、ガイドさんがウズベキスタンの話をしてくれた。国旗の青は年に250日以上ある晴れた空を、緑は綿花を表すこと、星はウズベキスタンの州の数、三日月はウズベキスタンの中にあるカラ・パクスタン共和国(自治州)を表すこと、国章には綿花と小麦が描かれていることなど、など。


リンゴ売り

一時間ほど行った所で、道の両側にリンゴ売りを見かけるようになる。リンゴ売りはここの近くだけでしか見なかった。蜂蜜も売っているようなので車を止めて、物色。ガイドさんが綿花の蜂蜜かどうか確認していたが、綿花と言っているがもしかしたら違うものかもしれないとのこと。ガイドさんは 8000cymの蜂蜜の瓶を買っていたが、我々には少々量が多いので買わなかった。ガイドさんはトイレを借りていたが、なかなかすごい所だったらしい(昼食の時に奥さんにだけ耳打ちしてた)。

余り高くない山を越える。山の手前で左に別の道が分かれていったが、そちらは深い谷の間を抜けて行っていた。こちらは高原の上を走っているような感じで、抜けると再び平野。鉄道と交差したりしながら先に進む。途中で見える家は三角屋根がほとんどなり、雨が降る時期がある地域だと言うことが解る。

蜂蜜のところから一時間半くらいでガリスタンの待ちに入り、鉄道沿いに左折する。サマルカンドからタシュケントへの最短路は途中でカザクスタン領を通過するため、少し迂回している。しばらく鉄道と併走したので、貨物列車や客車などを見ることができたが、とっさのことで撮影できなかった(;_;)。

タシュケントに入る少し手前で、シル(ダリア)川を渡る。橋も空港と同じく撮影禁止。その先で鉄道とはお別れし、次第に景色が街になってくる。このあたりには魚(川魚)料理を食べさせる店があるそうだ。

綿花畑の中を走っていくと検問所。ここを抜けるといよいよタシュケント。特に問題なく検問所を抜けると、必要なくなったのかフロントガラスの右前に掲げていた「Sairam tourism」の掲示が取りのぞかれた。町中にはいるとFujiフィルムのDPEがあったりして、他の街とはずいぶん違った都会の雰囲気。

少し遅めの昼食に入ると、観光バスが停まっていて、「歴史の散歩友の会」という表示が日本語で出ていた。行く先々で出会った団体さんの一つらしい。昼食はバイキングで、韓国風冷麺があったので頂いてみた。珍しかったのは左の写真の手前のディッシュの左側にある蕎麦の実を使った料理で、なじみの蕎麦の味がして美味しかった。右側にあるのはコロッケかとおもいきや、メンチカツ風の肉料理だった。

タシュケント観光

昼食の後、タシュケント観光。まずは、国会議事堂の前を通って、アブドゥールハシム・メドレセへ。ここは伝統工芸品の工房が集まっている場所。昨日、バックギャモンのボードが欲しいという話をしていたので値段を聞いてくれたが、小さい物でも$100するので諦めた。細かい細工がしてあって立派な物だったが、少々高すぎる。

メドレセを出ると車がいない。ガイドさんが携帯でドライバーさんと話していたが、ここから地下鉄に乗って(体験乗車)ティムール広場に行くことになっていて、車はそちらに移動しているのだそうだ。駅までは5分ほど歩き、途中で人民友好宮殿や消防車を見ながら歩いた。地下鉄は撮影禁止なので、階段の所でカメラを片づける。地下鉄は距離に寄らず250cymで、小さなコインのような物を自動改札に入れて入場する。3駅先のティムール広場まで行ったが、ホームはそれぞれ違った装飾が天井や壁に施されていて美しかった。撮影禁止が残念。車両は一昔前の日本の電車の感じ。出口は特に改札もなく出て行けるが逆からはいる人は居ないようで、モラルは良いみたい。ティムール広場の地下道で公衆電話を見たが、ウズベキスタンで公衆電話を見たのは、この時だけだった。携帯の普及率が高いようで、公衆電話はほとんど使われないらしい。

ティムール広場の中央にはティムール像がある。タシュケントの人の待ち合わせ場所としても使われるらしい。ティムールは右手が不自由だったということなので、ティムール像は右手を挙げているのだが、これは正しくないらしい。この広場から東に延びる通りは通称ブロードウェイというのだそうだ。

ウズベキスタン・ホテル ブロードウェイの反対側にはウズベキスタン・ホテルがある。タシュケントで一番古いホテル、というか旧ソ連時代にはここしか大きなホテルはなかったらしい。中央で折り曲げたような少し変わった形をしている。一階には店も入っているので中を拝ませて貰った。ここにはクレジットカード用のディスペンサーもあって、さすが都会のホテルである。

ナボイ劇場 ティムール広場をぐるっと回ってからナボイ劇場へ。ナボイ劇場はシベリア抑留者が送り込まれて仕上げの工事を行ったことで日本とは縁の深い劇場である。どうやら明日から公演があるらしく、中には入れなかった。

ロシア風アパート ナボイ劇場を後にすると、途中でロシア風のアパート、銀行(NBU)、サーカスなどを見ながらバラクハーンメドレセなどがある一角(ハスティ・イマーム)へ。降りると兵隊さんが行進していたが、何だったんだろう?


イスラム大学
カファリ・シャーシ廟に最初に向かう。途中で子供達を撮影しようと奥さんががんばっていたが、どうにも写されるのは嫌いらしく嫌われていた。ガイドさんが奥さんのカメラで撮ろうとしていたが、やはりだめだった。その横にはイスラム大学があり、これは現在活動中。 そのあと、図書館やバラク・ハーン・メドレセを見た。最後に通りに面した新しいモスクを見たが、ここは大統領が自分のお墓として建てたと噂されているそうな。税金で建ててたら、言われても仕方ないかな。

続いてアライバザールにお買い物。といっても色々買うのではなくて蜂蜜を買いに行く。今度は割と小さい瓶に入れて貰って綿花の蜂蜜を買うことが出来た。ただ、蓋がないのでビニールで2重に巻いて輪ゴムで止めてくれたけど、持って帰るのがちょっと大変かも。

ここのバザールは近代的で装飾品や宝石類も売っていた。日本で買うのに比べるとかなり安い。他に魚関係を見に行くと、日本から来た冷凍のウナギなどもあった。

続いてスーパーでお買い物。スイカ一玉880cymとか、かなり安い。店の感じは日本のスーパーマーケットと余り変わらないが、電気製品が同じフロアにあったりと少し雰囲気が違う部分もある。といっても持って帰れないので、ホワイトチョコ(ロシア製)やタバコなどをお土産に買って出る。ワインが欲しいとガイドさんに聞くと、出たところの角のお店に連れて行ってくれた。地元のクレオパトラが2500cym、なんだかよく分からない日本の絵が描いてあるのが3500cym、相当安い。クレオパトラを2本買って帰ることにした。

まだ5時とちょっと早いが地元の店で晩ご飯。ガイドさん達と食べる最後の食事なのだが、お昼が遅かったこともあって、あまり食欲がない。お昼にも出た韓国風?冷麺を頂くことに。他にプロフを4人で一皿頂いた。

ドライバーさんにこの一週間でどのくらい走ったか聞いたら、1,500kmほどとのこと。半年で70,000kmくらい走っているらしい。ちなみに我々が載せて貰った車はすでに走行距離500,000kmだそうだ。店の厨房にプロフを作る鍋が見えた。

まだ時間があったので老舗のツム・デパートへ行ってみることに。30年くらい前の日本のデパートの感じ。デパートといっても冷蔵庫を売っていたり、日曜雑貨を売っていたりとスーパーみたいな雰囲気もある。冷蔵庫は2ドアの400リッターくらいので800,000cym、掃除機は100,000cymと、結構高い。地元のものは安いが、輸入物は安くはならないということらしい。 3Fまであるので上がってみたが、3Fは美術品がゆったりと置いてある不思議な感じだった。このデパートはエスカレータがあるのだが、ごっとんごっとん大きな音がしながら動いていて、少々怖かった。そういえばエレベータはあちこちのホテルで見たが、エスカレータを見たのはこことスーパーだけだったような気がする。

空港にて

いよいよ空港に向かわなくてはいけない時間になってしまった。飛行機は21:00過ぎだが、2時間前には到着しておく必要がある。独立記念日が近いので警戒が厳しく、もしかしたらガイドさんは空港ロビーに入れないかもしれないとのことで、ロビーに付いてから搭乗までの一連の手続きの説明を受けながら、車は空港へ。途中にトヨタの店を見つけたりした。

空港の駐車場で運転手さんとはお別れなので、ポーターさんにお願いしてガイドさんを含めて4人で記念撮影。後で見たら自分だけえらく疲れていた(^^;。昨日ガイドさんに言われていたので、運転手さんにお礼を渡す。残ったドルの半分。空港の国際線出発ロビーは2Fで、入り口でガイドさんが警備員さんと交渉して、ガイドさんも入れることになった。出国手続きのための税関申告書の書き方を聞いて、書いた物をチェックして貰う。後は、日本人の団体がカウンターに並び始めたら同じ所に並んで搭乗券を受け取り荷物を預け、税関の手続き、パスポートコントロールを抜ければOKとの説明を受ける。ガイドさんもここでお別れ。写真を後で送るからと言うことでメールアドレスをノートに書いて貰った。ガイドさんは手を振りながらロビーから出て行ったが、一週間ぶりにお子さんに会えるので引き留めるのは良くなさそうだった。

しばらく待っているとカウンターの前に日本人他の列ができはじめるので、こちらもあわてて並ぶ。3つほどのカウンターが日本行きの表示を出していて、右端と左端はそれぞれ別の団体のガイドさんが荷物の列を作っていた。左の列はお昼にも会った歴史の散歩の団体で現地人ガイド(デーブスペクターみたいな話し方をするガイド)と、日本人の団体代表(昨日別のグループに立ち聞きするなと文句を言っていた)がカウンターの前に陣取っていた。その後ろに、クラブツーリズムの日本人添乗員が数10人分の荷物を並べて奮闘していたが、デーブとお客に関する愚痴を言っていた。

しばらく待つと(結構待ったような気がしたが・・・)カウンターに係員が来て、発券手続きが始まる。一人一人にかなり時間が掛かるので、なるほどこれでは2時間前でも間に合わないかも、と思っていると自分たちの順番が来た。それほど問題なく(奥さんのパスポートの名前が違っていると言われて、書き換えのページを見せて説明した程度)発券と荷物の預け入れが終わる。

続いて緊張の通関手続きだが特に問題なく通れたので一安心したところで、このたび最大の事件が。奥さんが先に行くと女性の係員に捕まって、手荷物の中身を一個一個説明させられていた。自分も男性の係員に呼び止められて、「所持金は?」、財布を見せると500cym札と$1程度、ほとんど使い切っていたのだ。「日本円は?」、日本円は全部奥さんが持っている。怪しい(お金を隠している)と思われたらしく、別室に案内されることに。ポケットの中身を全部出して、ボディチェック、鞄の中身を全部出せと言われて一つずつ説明しながら見せていく。結局あやしいものは何もなくて、「行ってよろしい」。で、一安心。

奥さんに断る暇もなく連れて行かれたので、奥さんがパスポートコントロールの先で探していた。パスポートコントロールは問題なく通り抜けられて(係員に日本語でさよならと言われた)、奥さんにどこに行っていたか説明したら、あきれられた(^^;。その先は、搭乗前の危険物チェックで問題なく待合いロビーに。

時間が来ても出発しそうにないが、トルコからの便が遅れていてトランジットが居るので出発が遅れるとのこと。待っていると、トルコツアーのアンケートを持った団体さんがやってきた。その後しばらくして搭乗開始。バスで飛行機に向かい、1時間ほど遅れて出発となった(HY527便)。座席は今度は左側の窓側の2列。

タシュケントの夜景を窓の外に見ながら離陸し、少し行くと暗闇の中に。あとは日本を目指すだけ。

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